余命宣告 生存率1% 大病を克服した芸能人 奇跡の生還・余命ゼロと言われた俳優も

普段から健康に気を使っていた人も病気になることがあります。体が資本でもある芸能人でも、中には大病を患い、病気と戦い克服し、無事に仕事に復帰された人も多くいます。そんな芸能人たちの体験談を振り返ってみました。

 

水野真紀さん 1974年6月28日生まれ 血液型不適合妊娠

血液型不適合妊娠で生まれきた水野真紀さん。生後すぐに、水野さんの血液を入れ変えなければならなかったそうです。それには、自身の血液を半分抜き、酒もタバコもやらない健康な20歳前後のB型の血液の輸血が必要でした。町内で呼びかけをすると、100人ほどの人が集まってくれて、そのうちの2人の男性が、条件に合い輸血し、命を取り留めることができたんだそうです。

医師には、この影響で、「6歳までに脳に障害が残ることがあるかもしれない」と言われたそうですが、その後も大きな病気をせずに過ごし芸能界入りを果たしました。

 

神木隆之介さん  1993年5月19日生まれ 乳児の時大病

子役時代からのドラマなどで活躍している神木隆之介さんを覚えている人も多いはず。2歳でCMビューを果たした神木さんですが、実は出生した時には、医者に「生存確率1%」の病と言われ、ミルクを飲むこともできない赤ちゃんでした。この大病を乗り越えた神木さんは、母親がのオーディションに応募。オーディションで、応募した理由を聞かれるとー、「生まれて思う病気にかかり、奇跡的にも助かることができ、母が、我が子がメディアに出て、“生きている証”を残したかったから」と答えたそう。神木さんはすでに芸歴25年。これからもお芝居でたくさん良い作品に出演してもらいたいですね。

 

 

安田章大さん(関ジャニ∞)1984年9月11日生まれ  脳腫瘍 

2017年2月 体に違和感を感じた関ジャニ∞ 安田章大さんは、都内のクリニックで脳ドックを受け、脳腫瘍の一つである骨膜腫が見つかったそうです。そして12時間に及ぶ大手術が行われ無事に成功。脳腫瘍とは、いわゆるガンに属しますが、安田さんの腫瘍は良性だったそうです。実は手術が終わるまでメンバーにも知らせず伏せており、一般に公表したのは、1年5ヶ月後の2018年7月。公表する前の2018年4月には、頭の開封手術の影響で立ちくらみがあり、転んで全治3ヶ月の骨折してしまいます。後遺症は、多くの光を見ると気絶する恐れがあるため、普段は色のあるサングラスをかけています。2019年紅白には元気に出場した安田さん。その後命の素晴らしさを伝えるため写真集を2020年9月に出版しています。

 

 

柴田賢志さん 1975年10月4日生まれ  脳腫瘍 

1999年、「救急戦隊ゴーゴーファイブ」のゴーイエロー役の柴田賢志さん。撮影終了間際に、右目に違和感を感じて病院へ行くと、脳腫瘍と診断されたそうです。しかも中枢神経の辺りに位置しており、手術がすぐにはできず、腫瘍を大きくしてから5回に分けて手術し、腫瘍の影響で右半身麻痺に。

これから俳優として羽ばたく矢先、無念にも芸能界を引退。その後、2016年から横浜市内の幼稚園の先生、そして作詞活動をしているそうです。幼稚園にヒーローの先生がいたら子供たちは大喜びですよね。そして、2018年6月「爆報!THEフライデー」にテレビ出演。ゴーゴーファイブの仲間と18年ぶりに再会を果たしました。

 

保坂尚輝さん 1967年12月11日 生まれ  腹膜炎から内臓破裂

2000年正月、体調がよくなかったため、奥様(当時の妻・高岡早紀さん)と子供達に先に初詣に行ってもらったものの、家族が初詣を終えて帰ってきた時には症状が悪化し、救急車を呼んでもらうことに。

病院の運ばれると、腹膜炎を引き起こし内臓破裂を引き落としており危篤状態に。すぐに8時間にも及ぶ大手術が行われ、一命を取り留めました、医師からも「あと少し遅かったら死んでいたよ。」と言われたそうです。そんなにひどくなるまで痛みをこらえていたなんて、保坂さんは相当に我慢強いですよね。でも何より助かってよかったです。それからは、健康・食を考えるようになり、その経験を生かし、「通販王」として成功されています。

 

 

岡村孝子さん 1962年1月29日生まれ 白血病

デュエット「あみん」でデビューし、その後シンガーソングライターとして数々の大ヒット曲を送り出している岡村孝子さん。それまで大病をしたことなかった岡村さんでしたが、2019年3月ごろから(岡村さん57歳)、なんとなく異変がー。家族で旅行に出かけた時、「足がなんだか上がらない。」「顔の形がが変わるほ歯茎が晴れたり」、腰痛や肩こりもひどかったが、加齢によるものだと思っていたそうです。それから1ヶ月後、病院で診察してもらうと急性白血病と診断されてしまいます。抗がん剤と臍帯血の移植を受けて、同年9月に無事に完全寛解となりました。1997年に結婚した石井浩郎さん(2003年に離婚)との間に女児が誕生しており、岡村さんと暮らしています。

 

 

渡辺謙さん  1959年10月21日 生まれ 白血病 

1989年30歳との時、映画「天と地と」で主演を務めていた渡辺謙さん。映画のロケでカナダのカルガリーでものもらいにかかり、病院に行くと、血液検査で異常がー、「急性骨髄性白血病」が判明します。医師からは、「このまま撮影を続ければ命は1ヶ月」と宣告されます。映画は無念の降板となり、榎本孝明さんが急遽代役に。渡辺さんは1年の闘病の末、命の危機を乗り越え俳優復帰を果たします。1993年NHK大河ドラマ「炎立つ」で主演を務めるなど完全に復活しトップ俳優として活躍します。しかし5年後1994年に再発。治療の際の輸血からC型肝炎ウィルス感染したため、治療は困難を極めたそうです。1年間の長い闘病生活を終え、無事に復帰を果たしました。

そして、渡辺さんといえば、2003年ハリウッド映画「ラストサムライ」に出演。見事アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞にノミネートされ、ハリウッドでも誰もが知るトップスター入りを果たしました。その後「バッドマンビギンズ」や「SAYURI」「硫黄島からの手紙」「インセプション」「ゴジラ」など次々にハリウッド映画に出演。2015年ブロードウェイ「王様と私」で主演を務め、トミー賞にノミネートされ、舞台でもその名声を上げます。しかし2016年に早期の胃がんが発見され、手術と療養を経て、再び「王様と私」に復帰しています。

 

 

吉井怜さん 1982年3月18日 生まれ 白血病

1996年に芸能界デビューを果たした吉井怜さん。人気アイドルとして活躍していた2000年、グラビアカレンダーを撮影中に体調を崩し入院。病院で急性骨髄性白血病と診断されました。吉井さんは芸能界に戻りたかったため最初は移植を拒んだそうですが、兄の「生きてなかったら仕事もできない」という言葉で移植を受ける決意に。母のHLAと合致し骨髄移植を受け、病気を克服することができました。移植時の10日間は記憶がないそうで、血液型もA型からO型に変わったそうです。

2002年著書「神様、何するの… 白血病と闘ったアイドルの手記」はベストセラーに。2003年にはドラマ化されました。その後吉井さんもドラマに復帰。2016年11月、俳優の山崎樹範さんと結婚されています。

 

小西博之さん  1959年9月28日 生まれ 腎臓がん

80年代に「欽ちゃんファミリー」として活躍していた小西博之さん。その後も俳優として忙しい日々。しかし次第に、痛みはないのだけれど、仕事がしんどく感じられるようになり、次第に体重も20kgほど落ちていったそう。そして、2004年、撮影のため宿泊していた京都のホテルで血尿が出たため病院へ行くと精密検査を勧められます。東京に戻り精密検査へー。すると、さらに精密検査が必要だと、紹介状を書いた医師の顔色が変わったのがわかったそうです。検査の結果、腎臓に20cmのガンがあり、「日本の腎臓ガンで5本の指に入る大きさ」と言われ、がんのステージを訪ねた小西さんに、医師は、「ステージはないです。余命ゼロです」と、病気の重さを宣告されたそうです。

あまりのショックに打ちしがれ毎日大泣きする夜を過ごしてい小西さん。それでも恩師・萩本欽一さんの言葉に励まされ、治療に専念。その後は、早く完治して以前「ザ・ベストテン」司会で一緒に共演していた黒柳徹子さんの「徹子の部屋」にゲスト出演することを目標に、治る体験談を番組で話そう、どうやって笑いを取ろうか、そんなことばかりを考え励みにしていたそうです。そして療養が明け「コニタン生還」というニュースを見た黒柳さんが「徹子の部屋」においでと声をかけてくれゲスト出演。その後、子供の頃からの夢だったウルトラマンにも出演し、仕事にも完全復帰を見せ、俳優業、講演と多忙な日々を送っています。参考post.tv.asahi

 

 

クリスタルキング 田中昌之さん 1951年6月30日生まれ 心筋梗塞

1979年大ヒット曲「大都会」でボーカルを務め、「スリーオクターブの美声」と言われたたクリスタルキングの田中昌之さん。その後も音楽活動を続けてた2011年のある日、ライブの打ち合わせ中に、胸のあたりがザワザワし始め、急な吐き気、そして、胸に何か差し込まれる感覚から、いきなり焼けた火鉢が喉から心臓まで串刺しにされるような激痛が走り、すぐに病院へ行くのかと思ったら、何と、ロックンローラーが汚い格好では死ねないと、風呂に入り、歯ブラシまでしたそうです。マネージャーが救急車を呼び、車に乗ったとたん気絶。搬送中にはけいれんを起こし、心臓停止状態まで陥り、4度のAED措置で、蘇生できたそうです。搬送先が、血管カテーテルの専門医で回復も早く退院でき、2013年に復帰。2015年のライブで発作が起きて意識ないまま歌い、心房細動と診断され、手術を受けるも、現在もシテージに立ち活躍。目標は70歳、80歳まで歌う続けることだそうです。参考 現代ビジネス 

 

 

渡辺徹さん  1961年5月12日生まれ  虚血性心疾患

1981年から太陽にほえろで活躍し、デビュー当時はアイドル路線だった渡辺徹さん。その後同じくアイドルだった榊原郁恵さんと結婚し、おしどりル夫婦として知られていますよね。そんな渡辺さんが2012年2月、仕事のケロ中、なんだか疲れやすく、階段も息が上がるほどの異常に気づいたものの、自宅で療養し様子を見ていたそうです。しかし次第に食欲もなくなり、4月に病院で精密検査をしてみると、心臓が肥大し、冠状動脈が完全に詰まっており虚血性心疾患と診断。大きな動脈は止まっているものの、毛細血管から血液が流れて何とか心臓は動いいていたのが不幸中の幸だったそうです。5月に6時間をかけた手術が行われ、無事に退院。現在は、ドラマやトーク番組にも出演し復帰されています。

 

紹介したのは一部の方ですが、芸能界でも心筋梗塞を起こしている人は多いですよね、天海祐希さんや、西田敏行さん、松村邦洋さんや徳光和夫さんなど、日本において死因第2位が心疾患でもあります(第1位は悪性腫瘍)。

 

狭心症心筋梗塞の予防には

  1. 禁煙する
  2. 塩分・糖分・脂肪分を取り過ぎない
  3. バランスのよい食事をとる
  4. 適度な運動をする
  5. ストレスを避け、規則正しい生活を送る
  6. 血縁者に心筋梗塞の患者がいれば生活習慣に注意を
  7. 高血圧・糖尿病・高脂血症の早期発見を
  8. 強い胸痛を感じたらすぐ病院へ

     参考出典;国立循環器病研究センター

心疾患に限らず上記の予防や生活習慣は大切ですよね。できる限り今を健康でいられるように気をつけていきたいですね。

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